2010年6月24日木曜日

L字

 日曜日の午後、高見沢さんは、リビングのテーブルで、お気に入りの作家の本を広げながら、紅茶を飲んでいた。
 旦那さんのスリッパの音がした。
「何か食べるー?」
 声を掛けた。だが、返って来た答えは意外なものだった。
「お前それどうしたの?」
「それって、何?」
 高見沢さんはテーブル周りを、きょろきょろと見回した。
「違う違う。肩のそれ。傷だよ。どうしたの? 大丈夫?」
 え? 傷?
 朝、シャワーを浴びた時には、傷など無かったはずだ。
 ノースリーブから出た肩を左右確かめる。肩越しに、背中まで覗き込んだ。確かに左肩に傷がある。しかも一つや二つではないようだ。
 右手を回して指先で傷のある辺りを撫でてみる。盛り上がっているのは、恐らく固まった血だ。指先が触れると、ひりひりした痛みを感じるものもある。まだ塞がっていない傷なのだろう。
 指先を確認すると、乾いた血が付いていた。
 旦那さんに確認してもらうと、背中の方まで合わせて、十近くも小さな傷が付いていた。そのほとんどは既に血が乾いていた。どれもL字型の傷で、まるで彫刻刀の中の「三角刀」を押し付けたような形だった。
 傷の深さはちょっと表皮を削いだ程度のものから、割と深いものもあった。残るような傷があると嫌だな、と思ったという。
 旦那さんに消毒してもらい、傷薬を塗った。
 もうその傷は残っていないが、それにしても声を掛けられるまで、そんな傷があったことにも気づかなかったし、何時、何をしていて付いた傷かも、まるで心当たりは無かったのだという。

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