ざく、ざく、ざく。
砂を踏む音が近寄ってくる。ずいぶんと速い足取りだ。時刻は午前三時。
中村さんは、夜釣りが趣味だ。自転車なら自宅から海まで十分程である。釣り人には恵まれた環境だ。
家から竿とバケツを自転車にくくり付け、いつものように港の堤防に折りたたみ椅子を広げ、夜釣りを楽しんでいた。
ざく、ざく、ざく。
足音は砂浜をぐるぐる回っていた。
変な奴もいるもんだな、と中村さんは思ったが、別段邪魔をする訳でも無いし、気にせずに放っておいた。だが、途中でその足音がこちらに向かってきた。
じゃっ、じゃっ、じゃっ。
コンクリート製の堤防に、砂が被って、靴底が音を立てた。そして足音は中村さんの背後で止まった。
何だよ、邪魔すんじゃねえぞ——。
足音の主は、背後から一歩も動かない。
気になったので、脇の下から覗き込むようにして伺う。白いスニーカーの爪先が見えた。足首の方は闇に紛れてよく分からないが、薄い色のスラックスを穿いているようだ。男だな、と直感した。
おっ
竿がくい、くい、と動いた。当たりが来た。
水中の魚の動きに合わせながらリールを巻いていく。
じゃっ、じゃっ、じゃっ。
次の足音が近寄って来た。
「どうよ、今晩は。当たってるみてえだなぁ」
馴染みの夜釣り仲間の声だ。
「おう——」
答えながら変なことに気づいた。先刻の男の気配がない。
「あれ? そこにいた男は?」
「中さん。何だい。男なんて居なかったぜ」
ぞっとしたという。
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