2010年6月27日日曜日

夜釣りと足音

 ざく、ざく、ざく。

 砂を踏む音が近寄ってくる。ずいぶんと速い足取りだ。時刻は午前三時。

 中村さんは、夜釣りが趣味だ。自転車なら自宅から海まで十分程である。釣り人には恵まれた環境だ。

家から竿とバケツを自転車にくくり付け、いつものように港の堤防に折りたたみ椅子を広げ、夜釣りを楽しんでいた。

 ざく、ざく、ざく。

 足音は砂浜をぐるぐる回っていた。

 変な奴もいるもんだな、と中村さんは思ったが、別段邪魔をする訳でも無いし、気にせずに放っておいた。だが、途中でその足音がこちらに向かってきた。

 じゃっ、じゃっ、じゃっ。

 コンクリート製の堤防に、砂が被って、靴底が音を立てた。そして足音は中村さんの背後で止まった。

 何だよ、邪魔すんじゃねえぞ——。

 足音の主は、背後から一歩も動かない。

 気になったので、脇の下から覗き込むようにして伺う。白いスニーカーの爪先が見えた。足首の方は闇に紛れてよく分からないが、薄い色のスラックスを穿いているようだ。男だな、と直感した。

 おっ

 竿がくい、くい、と動いた。当たりが来た。

 水中の魚の動きに合わせながらリールを巻いていく。

 じゃっ、じゃっ、じゃっ。

次の足音が近寄って来た。

「どうよ、今晩は。当たってるみてえだなぁ」

 馴染みの夜釣り仲間の声だ。

「おう——」

 答えながら変なことに気づいた。先刻の男の気配がない。

 「あれ? そこにいた男は?」

 「中さん。何だい。男なんて居なかったぜ」

 ぞっとしたという。


この話のつぶやき怪談バージョンを読む

0 件のコメント:

コメントを投稿