2010年6月24日木曜日

首の指

 池袋で乗り換えるまでが辛い——。
 朝の通勤ラッシュで、小柄な後藤さんはその日も体を前後左右から圧迫されていた。身動きを取ろうとすると、隣のサラリーマンの鞄が鳩尾に入る。ああ、嫌だなあと思って視線を上げた。
 え?
 すぐ目の前に、異様なものが見えた。
 後藤さんの前に立った男性の首、スーツを着て、ネクタイを締めたワイシャツの首から、一本一本、別の方向を指し示すような感じに、真っすぐ突き出すように、指が四本生えていた。爪がある。指だ。女の指に見える。
 指は男の首の肌とは少し肌理が違う。色も白い。蝋で出来ているかのようにも思えた。
 作り物?
 四本の指は動かない。ぴくりともしない。だが、男の肌から直接生えているのは確実だ。接着剤などで付けたようには思えない。むしろ、男の首から生えている。突き出ている。
 後藤さんは、目の前にあるものが信じられなかった。出来ればその指を触ってみたい気もしたが、流石にそれも出来ない。焦点を合わせようと努力しないと、ぼやけてしまうような至近距離に異様なものがあった。
 だが、男性本人も、周囲の人々も、男の喉から生えた指を、まるで気にしていない様子だった。電車が左右に揺れる度に、その動きに釣られて圧されるがままに、ぎゅうぎゅうと体を押し付けてくる。
 駅に着いた。人が少し流れ、男の位置が変わった。さらに人の密度が上がった。
 駅を出て、車両がポイントのカーブで大きく揺れた。その度に後藤さんの目に、指先が入りそうになった。
 ぎゅっと目をつぶる。急に列車が減速した。アナウンスが信号が赤になったことを告げている。目を開けると、やはり指はこちらを指していた。
 たまらず次の駅で降りたという。

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