2010年6月25日金曜日

祖父の亡くなった夜

 安藤さんが大学のゼミ合宿から帰った頃には、既に日も落ちていた。一日中移動して、体はへとへとに疲れていた。早くアパートに帰って寝よう。安藤さんは旅行鞄を引き摺るようにして、最後の四つ角を曲がった。
 あれ?
 アパートの前に誰かが立っている。
 安藤さんは一人暮らしの女性だ。警戒心が働いた。訝しがりながら近づいて行くと、街灯の光で、どうやら老人だと分かった。
 (こんな時間に誰だろう。徘徊老人かもしれない。何か嫌だな。)
 安藤さんは老人に会釈することもなく、無視するようにさっさと階段を上った。
 部屋に入り、電気を点けると、妙に視界が白い。部屋全体がまんべんなく煙りに包まれていた。
 ——えっ 火事?
 近くで火事か何かがあって、煙が充満したのかとも思ったが、焦げたような臭いも無い。火事の煙では無いようだ。
 しかし、考えていても部屋の状態は変わらないし、もう体が限界だったので、考えるのを止めてベッドに倒れ込んだ。

 深夜、電話で起こされた。
 「もしもし?」
 寝ぼけた声で携帯電話に出る。電話の主は母親だった。
 祖父が亡くなったので、朝になったら家に帰るように、という内容だった。
 おじいちゃん、亡くなったのかあ。
 もう長い間入院していたし、特に感慨は無かった。
 ——え。おじいちゃん?
 そういえば、アパートの前に立っていた老人には、祖父の面影があった。
 翌朝、病院に行き対面した姿は、やはりアパート前に立っていた老人の姿にそっくりだったという。

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