2010年6月24日木曜日

バス

 バスは、まだまだ来そうに無かった。
 時刻表に書かれた時刻は、剥げて読めない。長沢さんと、彼女の泉さんは、サークルの部長に頼まれて、OBの経営するペンションに預けてあった荷物を取りに行った帰りだった。
「まだ来ないね、バス」
 泉さんが言った。
 炎天下の中、安請け合いした事を長沢くんは後悔していた。足下には受け取った荷物が置いてある。春先の合宿で使った撮影機材だった。本来なら部長自身が来るはずだったのに、事故で来れなくなったのだ。副部長としてお鉢が回って来た。一人で来ても良かったのだが、旅行を兼ねて泉さん同伴でペンションに泊まったのだ。
「あ、バス来たぞ」
 最近では見られないような小さく古いバスだった。二人でステップを上ると、車内は冷房を掛けている訳でもないのに、ひんやりしていた。冷えた空気は、暑い中待たされていた身には良かったが、妙に黴臭かった。泉さんはハンカチを取り出して鼻を覆った。
 長沢くんは二人分の運賃を払い、座席に座ろうとしたが、泉さんは立ったままだ。仕方なく長沢さんも吊り革を掴んだ。客は二人以外誰もいなかった。
 しばらく走った後、泉さんが小声で言った。
「次で降りていい?」
 泉さんは青い顔をしていた。まだ目的地の駅までしばらくある。だが、長沢くんは泉さんが乗り物酔いでもしたのだろうと考えた。
 長沢さんは、機材と自分の荷物を背負い、泉さんをかばうようにして、次のバス停で降りた。泉さんは青い顔で、バスを見送った。
 ふぅ、と泉さんはため息をつくと、
「実はね、今のバス、天井から白い手が一杯下がってたんだよ」
と言った。
 バス停で待っていると、すぐバスが来た。地元の老人が何人も乗っていたという。

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